起業塾への期待と挫折◆全てを失った気がした卒業式から孤軍奮闘【キャリア迷走ストーリー⑧】

◆◆マリエのキャリア迷走ストーリー◆◆

 全10編! これまでのお話はこちら。

①ストレスの限界◆先生なのに不登校!?見えない未来…

②環境を変えようと思うも惨敗◆小学校・特支・海外・育休、閉ざされる道

③天職探しの道◆起業という選択肢が自分の人生に降り立った

④インターンという光◆CRAZY WEDDING◆夢への興奮と躊躇

⑤東京往復1万km◆”可能性”と”答えの場所”を求め続けて

⑥退職への葛藤と周囲の全面的否定◆小泉さんから英語をとったら何が残るの?

⑦自由と経済的不安◆成功するはずの自分だけを頼りに、バイト掛け持ち生活




起業塾

というのは、私にとって
なにか答えが全て詰まっている場所みたいなものに見えた。

起業して、自分の仕事の軸ができて
サービスが確立して
お客様にそれを届ける方法もわかって
実際にバンバン売上が上がる

実践ができる場。


雇われない人生の確立!


「好きなことで生きてく」!


その1から10まで網羅している
完璧なものだと、そう信じていた。


だから全身丸投げで信頼しきって
あとは、素直に全部やってみようと

ただ、それだけだった。


人生を変えるのに
必要な時間は

4か月。


よし、本気でがんばるぞ!!!!!



起業塾の同期は様々な環境にあった。

本業を持っていて土日だけ副業としていきたい人

結婚していて、扶養に入っている人

子供もいて、ママ業と並行している人

すでに自分の仕事を持っている人



私は、

旦那さんのお給料には頼れなかったし
本業も辞めていたから
経済的にはギリギリだった。


背水の陣!

だってもう戻るところないし
頼るものもないし

私は、覚悟決まってる!!!!

わたしの気持ちは、
中途半端なものじゃない!!!


信じていた

自信過剰に。

で。

そしてわかったこと。



まぁ …。

弱かった、ということ。

自分が。



こんなに、
動けない人間だったかと。


どんどん結果を出す人と
変化が起きない人の違いって

素直に行動するかどうかと

よく言うけど



素直にやろうとい気持ちはあっても
全然、動けなかったその理由は




怖さ



それだけだった。

人にどう思われるのか。

それが、全力でわたしにブレーキをかけてきた。


起業塾では

・自分の中から、お客様に提供できる価値を見つける宿題や

・SNS上で自分と自分のサービスを効果的にお客様に届ける方法

・商品の良さをより伝わりやすくする表現や資料作成

などを学んでいました。



どんどん結果を出していく人
人生を変化させていく人
目標を叶えていく人

私は、毎日焦っていた。


彼女たちと何が違うのかが

わからなかった。



もちろん、お客様には恵まれ、
私を必要としてくださる人には出会えて
それは本当に感謝しかなく

精一杯向き合おうと思えた。



何もないところから
自分の力でお金を生み出すことが
できるようになったのは

自分の人生の中で

大きな転換だった。




SNSで自分の思いを発信していた事で
私に熱烈に会いたいと言ってくれる人も出てきた。


ただ、このまま
先生を続けていたら
持てていたはずの、あの安定感安心感は

どこにもなかった。



起業が軌道にのる実感。

そんなのは全然なかった。


でも、このまま終わったら…

人生80年の中の1年間だけ、
体験的に『起業』っていうイベントにチャレンジした〜
いい経験だった、みたいな

1年、留学したことある〜

1年、起業したことある〜

みたいな



そんなの、ヤバイと思った。



私には、戻る選択肢も戻る場所も
ないから!!!!!!!!!

私、大きいこと言って

辞めてきたから!!!!!!!

夢とか語ってきたから!!!!



人生変えるつもりだった、、、、、!



私はなぜ上手くいかないのか…

予想していた未来にならないまま
1か月、2か月、3か月が経っていた。


毎日不安だった。

焦った。

泣いた。

乱れた

また泣いた。

胃がキリキリした。

バイトは毎日あった。

何してんだろうと思った。

誰にも状況を話したくない。

こんなのかっこ悪いし惨めだ。

怖い。どうしよう、怖い。怖い。

やべーやべーやべーこれマジでやべー



答えが欲しかった。

突破口を探した。

特効薬があると思った。




どうしたら

どうしたら

どうしたら…

答えに見えたものには

すべてお金をかけた。


ブログの書き方
プロフィール写真
交流会のパーティ
様々な個別ビジネスコンサル
心理カウンセリング
手帳管理術
コーチングの資格
ファッション
マーケティングセミナー
書籍
イベント参加



か。数え切れず。

突破口だと思ったから
それらが自分の現状を変えてくれると思ったから

苦しいけど信じて
たくさんたくさんお金をかけた。

(情弱のカモ)




それなのに

アドバイスされたこと
教えてもらったこと
方法として知り得たことの
多分2、3割しかできなかった。




怖くて。




そんなことしたら
元同僚にどう思われる?

そんなこと書いたら、
学生時代の友達が、なんて言う?

そんなこと始めたら
親がなんて感じる?

そんな部分見せたら
教え子に馬鹿にされない?

こんなの起業塾の同期に
賛同してもらえる?

それやって起業塾の先生に
認められたい!


ずっと人のことばっかり考えてた。



根深い。こういうのって。



今まで学校では
自分を守って、自分にバリアをかけて
作った先生像、あるべき指導者像で
いわゆる正しくあればよかった。


生徒の前で恥ずかしい自分なんて
わざわざ さらけ出す必要ないし。


先生には
「すべき」が多いから

その通り振舞っていたんだと思う。



周りから外れないようにする指導
前へならえ。

横の列を合わせなさい。

他のみんなもやっているでしょう。

周りを見て気づきなさい。

校則だから、靴下の丈を合わせなさい。

しっかり並びなさい。

静かにまっすぐ歩きなさい。

隣のクラスはそうしているでしょう。

今は〜する時間です。

一緒に歌いましょう。

一緒に走りましょう。





説教の鉄板。





”そんなことして、みんなはどう思いますか?”




みんなとどれだけ同じであるか
自分が教育してきて
自分もずっとその空気の中にいた。


自分が結構洗脳されてる笑


人と違うことに挑戦するのが強み!
なんて

自分で思っていたけど

いやいやいやいやいやいやいや



井の中の蛙感すげぇ 

怖くてずっと人の目を気にして
生きてたわ。


学年主任の目
先輩先生の目
生徒の目
保護者の目
管理職の目
友達の目
そして自分の親の目。




ま、それでも
私だけじゃなくて

日本人、というべきか

人の評価・人の目が
気になったり
規則の中で合わせること

みんな一緒に進むこと

期待された”そうあるべき”の枠



先生って、そういうの
染み付いてることも

多いんじゃないかなと思ったり、

自分を見て 思う。





結果今思うと、

そんなちっぽけな壁を越えられず
(私には巨大な鉄壁だったんです。。)

全力で足踏みして 笑

言い訳して

泣いて

卒業の月はやってきました。




毎回、塾に一同が会すると
前回から今日までの結果を報告しあうけど


私は、それが
「宿題をやらないで登校するような
子どもの気持ちだな」と思った。



罪悪感なのか、自己否定感なのか



それを、激怒してくれる先生なら
まだ救われるというか笑

そうなんだ、自分で
やらなかったなら、
まぁ、自由だから。

みたいな空気よね。



人生の選択肢って自由だしね



人に責められなければ
もう自分で自分を責め立て続けるしかない。


当時の私は。


自己否定というか
自己困惑感はすごかった 笑

卒業式。



毎月、数十万の利益が出ていて
すっかりアルバイトも辞めて
時間の自由もお金の自由もできて
自分の好きな時間に好きなことができる
生活が実現して


周りにも、今どんな事業をしているのか
具体的に説明できていて
心もゆるやかに体も健康な状態で

自分の生み出した仕事に
誇りを持って

先生辞めて良かったな。

これが、私の新しい人生。



茨の道、なんて同僚に言われて退職したけど
ほら、もう華やかな道でしょう?


そうイメージしていたはずの私は
明日も休めないバイトキチキチ生活
食費やオシャレも結構切り詰めて
乾麺多し

不安と焦りのせいで

彼には泣いて騒いで頼ったり。もう笑




しっかり続いていくと思える
”自分の仕事”にも確信が持てず

育休に入って
給料だけ県から振り込まれてる
同期をうらやましがり

費やした◯◯◯万以上の投資で
綺麗になっちゃった預金残高を見て



先生っていう肩書きに
価値と安心感を持っていた私だけど
もう、今ただのフリーターやし。


何も無くなった

と思いましたね。



原因は、自分です。





自分の弱さと覚悟の決めきれなさを
体感するための 塾 と なりました。


そんなに、甘かねーよ、君

と、放り出された秋の東京の夜なのでした。







他にも

起業 じゃなかった。

そういって
元の生活に戻っていく人は
たくさんいました。


むしろ、その方が多いです。

別に人生起業が全ての正解じゃない。
人生2択でもなんでもない。
それを否定するつもりはない。

でも、旦那さんの扶養の女性は
元の生活に収まり

副業志望だった女性は
本業にすっと戻った


わたしは…

やめられない、とおもった。


まだ、諦めちゃダメだと思った。



まだ私、なんにも成してないと思った。

学校に逃げ戻っても
なんにもならないと

後悔すると。



前に希望があるのかは
わからなかったけど

探そうと思った。



振り返れば
いろんな後悔が襲うけど
ここまでの4か月は
未熟な私の精一杯だった。


がんばった。


まだ、進もうと、

そう思った。







キャリア迷走ストーリー⑨

⑨起業塾ふたたび◆人生の迷路、全てを辞めてしまいたくなった日々へつづく

小泉マリエと直接話をしてみたいな

という方は、こちらへ。 

プロフィール
この記事を書いた人
小泉マリエ

学校で働く先生をしあわせにしたい。
時間も、お金も、時間の余裕も。
こころ穏やかに、心地よく働ける女性を増やすために役立つ情報を提供していきます。

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