退職への葛藤と周囲の全面的否定◆小泉さんから英語とったら何が残るの?【キャリア迷走ストーリー⑥】

◆◆マリエのキャリア迷走ストーリー◆◆

 全10編! これまでのお話はこちら。

①ストレスの限界◆先生なのに不登校!?見えない未来…

②環境を変えようと思うも惨敗◆小学校・特支・海外・育休、閉ざされる道

③天職探しの道◆起業という選択肢が自分の人生に降り立った

④インターンという光◆CRAZY WEDDING◆夢への興奮と躊躇

⑤東京往復1万km◆”可能性”と”答えの場所”を求め続けて




仕事とは、辛く、大変なもの。

我慢や苦しみの中に、

自分自身で やりがいを見出していくもの。

みんなそうして生きている。



仕事に、価値や意義を自分で与えながら
自分を納得させながら。



であれば、

先生という仕事は、私にとって正しかった。


なのに、真逆から攻めてくる
この生き方。

ゆるふわのままで、
年収1000万円らしい。。。。



ウソのようで
ズルのようで
私にとって信じられない”新しい働き方”だった。

この時、別に1000万円が欲しかったわけ

ではない。



働くとは、厳しいこと

働くとは、我慢

働くとは、制限の中にあるもの

働くとは、人の目を気にしながら

働くとは、協調性

働くとは、正しい姿で存在するべき

ということ。



そんなイメージのあった私は、
学校では、かなりピリピリしていたし
シャツとズボン(もうパンツというよりズボン。)
だったし、

大声で指導していたし


客観的に見て
何にも可愛くなかった。


でも、そういうのって、
「仕事だから」

って思ってた。




だから、宮本佳実さんの登場は
あまりに衝撃的だった。


そういう生き方は
”許されるのだろうか”

ドキドキしながら
検索していくと
同じく起業して生きている女性というのが
他にも多く存在しているらしいことが
わかってきた。



そんな種類の起業があるのか…?


私は、むしろ背徳感とか罪悪感すら
隠しながら


佳実さんの「好きなことを仕事にするセミナー」

へ参加してみた。




こんな金額を、たった数時間に対して
かけたことがなかった。

振り込む時は、手に汗をかきながら
また罪悪感と戦っていた。



今まで、真っ当に(?)一生懸命
働いてきた自分に対してとか
今も、そう信じて働いている同僚とか

公務員になるまで
たくさんお金をかけてくれた親とか

いろんなことに対しての



罪悪感



この時甘かった私は、
この1日、話を真剣に聞いて行動に
移せば、

もう生計が立てられるような


新しい生き方を手に入れられるようなきがしていたんだ。





甘!!!



このなめてる感じ、わらえる。

具体的な道筋は、明確にわからなかったけど
とにかく、そうやって生きている人が
少なからず存在している
ということに勇気をもらった私は、

その起業の方法を探し続ける日々を

始める。




そして、
その中でも気になった、

「起業塾」というのに目が止まる。



4か月間をかけて
具体的なノウハウを
がっつり学べるらしい。


実績も、かなりある塾のようだった。

これまでの開催も満員で、
人気がありそうだし

何より
ゆるふわしていなかった。


結構、しっかりしたカリキュラムが
組まれている。

私は、ここで学んで
新しい生き方を叶えたい。


期待は高まった。




もう、辞めよう。

辞めていい。


ここで、しっかり学んだら
きっと私なら大丈夫だ。


だって、私は、中途半端な気持ちじゃないから。

本気で、がんばるから。

方法さえ教えてくれるのなら、
わたしはできるはずだ。


この、現場に対する憤り、
我慢してきた思い、
自分の未来に対する不安

すべてをエネルギーに変えよう


私の中では
決まりかけた気持ちだった。



ただ、壁は厚かった



私にとって、最大の難関は

父親だった。



意を決して、
快諾はないと承知で、
考えを伝えた日。



父の剣幕はすごかった。

何を言ってるんだ、と。

ふざけるな、と。

どんどん声が荒立っていく。


今まで、父が怒ることに対して
最終的に逆らえなかった私は、

初めて、最後まで
自分の意見を、通そうと、した。


ここは、私の人生が
かかっていたから。



先生を、
辞めたいと、

思ってる。



私が、どんなに辛い思いをして
仕事に耐えてきたか

お父さんにはわからない。



どんな思いで、将来を切り開こうとしているか
お父さんは知らない。


入院して、水も飲めなくて
お腹が痛くて、8kgも落ちてガリガリになるまで


どんなに働き方を変えたかったか
お父さんには、見えていない。



私も涙が出てきたけど
父も、少し声が震えていた。


自分もずっと自営業で、
バブル後の不景気の中で、
一生懸命育てた娘だ。


うちには私立に出すお金はないぞと
いつも言いながら、

最終的には、留学までさせてくれた

父だった。



すべては、英語の先生になるために。



私が公務員になった時、
大げさに喜ぶ態度は見せなかったけど

きっと、きっと本当に

心から安心したんだと思う。

嬉しかったと思う。



やっと育てきったと、思っただろう。


なのに、全てをひっくり返して
「辞める」と言う娘に
落胆しただろうことは
今になるとわかる。


その時、父親は、ものすごい剣幕で
反対し続けた。


辞めるなんてふざけた話を
二度と、その話をするな!と

一括されて、戸を閉められた。



また、決めた気持ちが揺れ動きだす。

葛藤が振り出しに戻る。


昨日より大きな葛藤が始まった。


自分には手に負えない問題と化した
自分のキャリアの方向性
専門家の力を借りたいと思った。


私は、実力のあると聞いたスクールカウンセラーを探し出し、連絡を取った。


定期的に、心の中を整理整頓しながら、
自分と自分の人生に向かい合った。


親戚の紹介で、教育界が長かった退職校長さんを訪ねて相談をした。

小学校の時から私を知る恩師に
先生になるまでの過程も
先生になってからの悩みも

打ち明けてみた。



みんな、

辞めない方向を勧めてきた。


辞めるのはいつでもできる。

焦らなくてもいい。

うまく働いていく方法はあると。



今なら、言っていること、
分かるんだけどね


結局、答えは自分の中にしかない。
私は、わたしと私の未来を信じることにした。




こういうとカッコイイけれど

たぶん、もう、学校から逃げたい気持ちを
正当化するのに必死だったのかもしれない。


でも、自分になら
新しい人生を
新しい生き方を

切り開ける、根拠のない自信は

なんだか、

あったから。




そして

最後に、わたしにふりかかった言葉は
管理職に退職の旨を伝えに行った時だった。


「辞める? 辞めることないでしょう。
30歳前後の教員は、みんな悩む。そういう時期だ。どうやってより自分らしく、働いていけるか探していけばいいじゃないか。みんなそうだった。」


きっと、わたしの、
逃げたいような気持ちしか
見えてこなかったんじゃないかな。


浅はかな、若手教員の考えることだと
思われたのかも。

「休職という選択肢も、考えたんですが…」

そう言うと



「もう退院したんだから、今まで迷惑かけたと思うのなら、その分、今から返すしかない。
休職なんて、自分勝手な判断だ。」

だんだん、管理職の眉間にシワが寄ってきて笑


とどめは刺された笑





「小泉さんから 英語とったら

何が残るの?」




浴びた言葉は、

スルーするには、衝撃的すぎた。


すごい怒りが湧いてきて

こいつ見返したる!!!



とは思ったものの

部屋を出てから
自分の心の奥底にある正直な不安を
明確に言葉に出されて

心がズキズキしていた。





キャリア迷走ストーリー⑦

自由と経済的不安◆成功するはずの自分だけを頼りに、バイト掛け持ち生活

へつづく

小泉マリエと直接話をしてみたいな

という方は、こちらへ。 

プロフィール
この記事を書いた人
小泉マリエ

学校で働く先生をしあわせにしたい。
時間も、お金も、時間の余裕も。
こころ穏やかに、心地よく働ける女性を増やすために役立つ情報を提供していきます。

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